ヴェッキオ宮でダンテに会う。

ドゥオモからシニョーリア広場に移動して、ヴェッキオ宮とウフィツィ美術館の見学に出かけます。ヴェッキオ宮は1299年から1314年にかけてアルノルフォ・ディ・カンビオによって建設されたゴシック様式の建物。高さ94mの鐘楼「アルノルフォの塔(時計塔)」がシンボルになっています。

 

 

ヴェッキオ宮はフィレンツェ共和国の政庁舎として建設され、一時期メディチ家の住まいにもなっていました。隣接するウフィツィ美術館はメディチ家の仕事場だったと言われています。二つの建物は、雨に濡れることなく仕事場まで移動するための天蓋歩道で接続されており、ポン・テ・ベッキオの上に作られた「ヴァザーリの回廊」へと続いています。ベッキオ宮は現在市庁舎、博物館としても利用されており、入り口ではミケランジェロの傑作の一つダヴィデ像のレプリカが出迎えてくれます。

 

 

フィレンツェ共和国の政庁舎として使用されていた時代を忍ばせる500人広間。市民大評議会の会議場です。フィレンツェ共和国は、巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロに500人広間の壁画を依頼し、競作させたと言われています。2007年5月、イタリア文化庁は、レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画「アンギアーリの戦い」がヴァザーリの壁画の裏側に隠されていると発表した。映画にもなったこの謎、名画は本当に隠されているのでしょうか?

 

 

スペイン王室からメディチ家に嫁いだ王妃の肖像画が、彼女専用の祈祷室に描かれています。祖国から遠く離れたフィレンツェに嫁ぎ若くして命を落とした王妃の、美しくも悲しげな横顔が彼女の運命を暗示しているかのようです。ちなみに同居していた姑との仲は良かったようですが。

 

 

宮殿2階にはいくつもの展示室がありますが、その中で最も日本にゆかりのある展示物が下の写真です。「黄金の国ジパング」と呼ばれていたルネッサンス時代に制作された古い地図です。左下の島の名称が「GIAPAN」と記されているのがわかるでしょうか?

 

 

そして今回の視察の主目的の一つ、「神曲」で有名なフィレンツェ出身の文豪、ダンテのデスマスクにご対面です。1265年にフィレンツェで生まれたダンテは、宗教政争に巻き込まれるものの敗北。フィレンツェを追われてイタリア各地を放浪しながら生涯を閉じます。今は生まれ故郷のフィレンツェで、新たな世界観を構築しようと思索しているのかもしれません。

 

 

ベッキオ宮をゆっくりと見学したら、ここで小休止。シニョーリア広場に面してグッチ博物館があります。

 

 

この博物館にはカフェが併設されているのですが、ここでいただくエスプレッソが絶品、とのことで伺いました。写真奥に見えますでしょうか?日本人のイケメン・バリスタが本場のエスプレッソを淹れてくれます。ぜひこの方にオーダーしてみてください。間違いなく最高です。

 

 

☆室内気候研究所

公式HP http://iwall.jp/


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